パーキンソン病の症状にはかなりの個人差があります。
専門医が診れば、代表的な症状を持つ患者さんの診断はさほど難しいことではないようです。
私の家族の場合、何人かのドクターに診てもらいましたが病名がわかりませんでした。
あるとき、まったく違う科で働く看護師さんに「パーキンソンみたいな歩き方ですね」と言われました。
その一言が治療の一つのきっかけとなったことは確かです。
そんなあるとき 広報で「歩きにくい方、難病の方の相談会」という記事をみつけ
診てもらうことになりました。
そこでは症状を説明し、ドクターが両手を握ってブラブラとする程度でしたが
すぐに病名がつきました。
難病であることは残念なことでしたが ハッキリと病名がついたことで
本人はとても安心し 以降そのドクターを信頼しきっていました。
パーキンソン病は
身体をうごかすために神経に命令を送るドパミンが不足することによって発症すると考えられています。
パーキンソン病の症状は、手が振るえることはよく知られていますが
筋肉が固くなる、動作が惜しくなる、姿勢を保つことが困難になるという 4大症候が現れます。
またすり足、小刻み歩行なでおの歩行障害。
声が小さくなる、食べ物を飲み込みにくくなどの運動症状。
便秘、トイレが近くなる、よだれが出るなどの生活関連症状。
元気がなくなる、幻視・幻覚などの精神症状が現れることがあります。
歩行障害、運動症状はご本人の生活の質を大きく左右しますが
生活関連症状と精神症状は 介護家族が大きく巻き込まれる部分です。
パーキンソン病の治療の目的は、症状の改善と長期にわたる生活の質の維持です。
症状を軽くする方法、治療(BBS:脳に刺激を送る)が開発されてきています。
しかし、まだまだ現状では症状が重篤な方向に進むことを遅らせることを目的とした投薬が主たるものです。
投薬・理学療法・作業療法・嚥下訓練などを上手に組み合わせて 症状と上手に付き合うことをお勧めします。
長期にわたる闘病が予想されます。
まずは 病気に対する知識を身につけて 家族としてどのように向き合っていくべきかを考えることも必要でしょう。
介護というのは子育てと違い 衰えていくおとなのお世話をすることです。
これは想像以上に厳しいのです。
例えば
介護者が要介護者の衰えていく姿を受け入れられないことが原因の一つです。
これは近親者であればあるほど受け入れられないことだと思います。
(病気に対する理解不足もあるかもしれませんが)
またある人は、要介護者との関係性があることでしょう。
これには要介護者との歴史があるのでなかなか難しいのですが これも近親者であればあるほど様々なことが絡み合ってストレスの原因になることもありますよね。
ストレスを軽減させる自分の許容量を増やすことが必要で
ストレスを水に例えると それを受けるバケツから水があふれ出るのを防ぐこと。
つまりバケツを大きくし それでもダメなら バケツに穴をあけることでが必要だそうです。
発散チャンネルを増やすことも必要で 有酸素運動やリラックスすることが効果的だそうです。
私はこの穴をあけるのが下手で
介護はすでに終わっているのに なんだかモヤモヤ。
そのときのことを思い出しては ため息をついたり。
私の経験から言えることは
いつまで続くかわからない介護ですが その場をこなすのではなく
後悔しないような介護をするよう心がけることだと思います。
将来、ストレスを抱えずに楽に生活ができると思いますよ。
おまけに 要介護者の素直な感謝の気持ち「ありがとう」の一言がもらえれば
ストレスはほとんど解消できるのですが
ウチの場合は難しかったです。 。。
介護をしているときは特に 「〇〇をしなければならない」 は禁句です。
手を抜く方法を常に考えて行動することを提案します。
たとえば
食を大事にしているのであれば 手作りのおいしいものを作り 掃除で手抜きをしたり
清潔・衛生を大事にしているのであれば 洗濯・掃除は一生懸命にして
食事づくりは少し手を抜き 買ってきたお惣菜と野菜やお豆腐と組み合わせるとか。
疲れた体を休ませるため。
ちょっとだけ頭を働かせて
衣食住の何に拘り 何に手を抜くか考えてみてはいかがでしょうか。
因みに 私は衛生に拘り
様々な感染症から身を守れるように出来るだけポイントを絞って掃除、洗たくをしていました。
そのかわり 家の外回りの雑草、落ち葉などの掃除には
目を向けないよう、 気付かないようにしていました(笑)
どこか一か所の手を抜くと 気持ちが楽になり 無理な力が入っていた体も楽になるような気がするのは私だけでしょうか。
介護をしているご家族に「頑張らないで介護をしてください」と言われることがままあります。
具体的に何について言っているのか定かではありませんが
介護をするには ある程度頑張らなければできないことですよね。
奇異な言葉です。
介護は子育てと同様 忍耐です。
たとえば ゆっくりしか動けなくなった人に介助をすればすぐに目的に到達できます。歩くのが遅ければ車いすに乗せて移動してもらえばすぐに目的地に着きます。食べるのが遅ければ どんどんと口の中に押し込んでしまえば早く食べられるかもしれません。しかしその人のいま持っている能力を最大限に引き出してあげることが重要です。それはリハビリにもつながるのです。
根気強く見守るには家族の忍耐の頑張りは不可欠だと思います。
「人脈日記」みんなその日まで①
「呼吸器の母 12年の介護」 より
ALS(進行性の難病・筋委縮性側索硬化症)のお母様を12年間介護をされたご家族のお話。
ALSは、ご自身の意識はしっかりしていながら 体が動かなくなる病気。
呼吸器をつければ長く生きられる。
しかし呼吸器をつけるために気管切開すれば話ができなくなる。
ご本人は長く生きられる分、家族に迷惑をかけるという気兼ねがあり
ALSの患者さんの80%以上は呼吸器をつけずに亡くなっていくという。
家族の辛さ、切なさ。これは悪くすることは遅らせられても良くなることのない難病特有の心理だ。
「死にたい人間なんていない」
そして「そんなことをしないですむ世の中にしたい。だれにもいずれやってくる、その日。その日まで、生きる。」とある。
ご本人の究極の選択、
その選択を見守る周囲のご家族の心境を考えると
私の経験から言うと 在宅介護とは衰えていく家族の現実を受け入れることとの闘いでもある。
介護最中のご家族、将来残されるご家族の こころのケア をすることは
在宅介護の層が広がり、継続し生活の質の向上につなげるためには不可欠ではないだろうか。